坂越・大避神社の船祭り  辻井 博子


10月第二日曜日、私は大避神社の船祭りを見たいと思い、再び坂越の町を訪ねた。
大避神社の御祭神は泰河勝である。
彼は中国より渡来した秦氏の子孫で、聖徳太子に寵任されたが太子亡き後、蘇我入鹿の迫害を逃れて此の坂越浦にたどり着いた。
そして、千種川流域の開拓等坂越の人々の為に尽力し、祭られている。

駅に降り立つと人通りも少なく、秋の日差しを受け周囲の景色も、穏やかに目に映った。
石畳の坂越大道を抜けると、船渡御が行われている坂越湾が見えてきた。
少し時間があったので、昼食を取って帰ってみると、湾ではすでに櫂伝馬と呼ばれる漕船が二そうこぎだしていた。
赤いはっぴに褌姿の若者達が、十五人程乗り込みそれぞれが、櫂(オール)を持ちその中の一人が船首に立って、何やら掛け声をかけている。
湾を一周して帰って来ると奇声を上げ、船を揺らし、海に飛び込む者もいる。
見物客が千人程いる前で、賑やかにパフォーマンスが繰り広げられた。

最初は大避神社の関係者と思しき長老達による餅まきで、大勢の観衆に向かって餅がまかれる度に、歓声が湧き起こり一ぺんにお祭りらしい雰囲気に包まれた。
次は先程の漕船の若者達が二列に並び、頭の上に板を乗せその上に、同じく別の若者数名が昇って、こわごわ「祝大避神社」と書かれた横断幕を広げ広つのである。
最後は十メートルはあろうかという竿のくす玉を割るのであるが、先程の板を竿の上方まで立て掛けて、その上を一人の若者が勇敢にかけ昇り、紐を引くとくす玉は見事に割れた。
そしてその中から「祝汐見町櫂伝馬」と書かれた細長い垂幕が現れた。
漕船に乗るこの若者達は、海岸の四町、東之町、汐見町、小島町、西之町の輪番で行っている。

この後、船の上で獅子舞を舞って見せる獅子船、楽人と呼ばれる演奏家達が雅楽を奏でる楽船、神輿を警固する頭人船、
「春、夏、秋、冬」それぞれの歌を歌いながら警固する歌船等に見守られながら神輿船が漕船を先頭に、生島の御旅所までの船渡御が始まった。

海が荒れている時は、この船渡御もままならないそうだ。

 

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