寝屋川・成田はん、弘法井戸、秦河勝の墓を歩く       <辻井 博子>

年が明けて心もはればれとしたお正月、アカデミー歴史散歩が最初に訪ねた所は、寝屋川市にある成田山不動尊だった。寝屋川市は私は初めてだったのでとても興味があった。京阪香里園駅を下車し閑静な住宅街のなだらかな坂を上ったり、下ったりしながら行くと、
まもなく弘法大師が民衆のために作ったといわれる古井戸が見えてきた。「湯屋が谷弘法井戸」である。市内には「田井の弘法井戸」、「国松の弘法井戸」など5カ所もあるそうだ。その後、友呂岐神社、四方黒池を通っていよいよ成田山に到着。山門の正面には、門松がしつらえてありその高さは13mと書かれている。13本の竹が束ねられていて、家族を表し家庭円満を願っているそうだ。左側の松は黒松、右側は赤松が用いられている。
成田山は真言宗を開いた弘法大師(空海)が祀られている。そして日本初の交通安全祈祷殿が建立されていて、多くのドライバー達が訪れていた。私達が祈祷殿の前を通りかかると、大きな太鼓が鳴り響き、集まって来た若者や家族連れに対し祈祷が始まった。
神仏に頼るばかりではいけない車社会ではあるが、人間として少しでも災難から逃れたいという気持ちが伝わった。この後、国道沿いの土手の下にある「田井の弘法井戸」や住宅街に入ってから「国松の弘法井戸」などを見学しながら秦河勝の墓に辿り着いた。

秦河勝は6~7世紀に聖徳太子を補佐し活躍した人物である。
墓は40坪程の広さの中にあり、中央には高さ2m余りの五輪塔が建てられていて、地輪の四面に秦河勝の事跡や五輪塔建立の経緯等が書かれているようだが、はっきりと読めない。
秦氏のゆかりの土地らしく、付近には川勝町・秦町・太秦の地名が現在も残っている。
秦河勝で思い起こされるのは昨年坂越を訪れた時、秦河勝を祀っている「大避神社」のことだ。
この神社でも秦氏の後裔に当たる秦、川勝、河勝家の協力と崇敬により交通安全、厄除の神社として大切にされている。

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