グローバルな歴史を求めて  辻井 博子

最近私は 神戸市立博物館へ「失われた文化、インカ・マヤ・アステカ展」を見に行く機会がありました。
インカ文明の発祥の地 ペルーにあるマチュピチュ遺跡のことをもっと詳しく知りたいと思ったからです。マヤ・アステカ文明は、メキシコ・中央アメリカそしてユカタン半島が発祥の地とされています。マチュピチュがどうしてあの様な高地に大勢の人口を擁し、発展することが出来たのか疑問に思ったからです。本展の解説によれば遺跡の周囲をワイナピチュ山、マチュピチュ山、ウルバンバ川の近く迄続く階段状の畑等に囲まれ、インカ道という道路によって結ばれ、マチュピチュはこれらの道を通じてインカ国家を形作る四つの地方と結びつくことによって 政治・宗教上の要所として機能していたのだそうです。
花崗岩の岩山を削り整地して造営された マチュピチュには造営する建物の規模を考慮して、その重量に耐えうる基礎と土留めの擁壁を地中に築いたり、多雨な土地柄を反映して排水設備には細心の注意を払うなど見事な設計が施されていました。そしてマチュピチュの建設にたずさわる為インカ国家の隅々から沢山の人が集められ労働は税として納められたそうです。マチュピチュ遺跡のインカ文明ではないのですが、アステカ文明について面白い記事が目についたので取り上げてみます。
14世紀~15世紀にかけて今のメキシコに栄えたアステカの人々の間で、チョコレートの主原料であるカカオは「神の食べ物」として信じられていました。カカオからつくられたチョコレート(当時は飲み物)は万能薬とみなされていたので大変貴重品で通貨として用いられていました。アステカの最後の王 モンテスマは大のチョコレート好きで金のカップに金のスプーンで1日に50杯ものチョコレートを飲み、使ったカップは宮殿内の池に投げ捨てたという華やかなエピソードがあると云われているのですが 本当かどうか.....。

 

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